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RAWAスピーキングツアー 成功

▼各地の交流会 ▼メディアに登場したRAWA

 各地の交流会  仙台 東京 伊那 名古屋 三重 大阪 福岡 沖縄

 仙 台 5/20(土)・宮城県民会館
 20日(土)に無事、仙台での交流会を終えることが出来ました。参加者は学生4人と大人5人の計9人で、とっても小規模な交流会となってしまいましたが、直前にプロジェクターを借りることができたので、ソハイラさんによるスライドショーと講演そし質疑応答を大体2時間くらい行いました。
 当日は仙台で青葉祭りという大きなイベントが行われていて、会場となったビルのすぐ横で夜の9時までパレードが行われていたため、少々うるさい中での交流会となってしまったのですが、ソハイラさんはパレードに興味津々で写真をとったりして楽しんでいたようです。
 今回仙台到着後交流会まで多少時間があったので、事前にソハイラさんからスタッフにスライドショーを使って説明をしてもらいました。そのおかげで本番では補足することができましたし、特に通訳をした私には事前の説明が本当に役立ちました!やはり準備は大事だということを思い知らされました!
 仙台でのスピーキングツアーは今年が初めての試みだったのですが、回収したアンケートには「とても勉強になった」という言葉が目立ちました。大人だけでなく、若い学生も世界に目を向けて活動できるような社会を目指したいですね。(ヤカオラン=せんだい学生グループ・岩舘)

 東 京 5/18(木)・青山学院大学

 2カ所目の東京交流会が終わりました。参加者は約30名。初めてお会いする若い人も多く、どこでこの交流会のことを知ったのでしょう。ソハイラさんの持ってきたパワーポイント、「RAWAの活動」と「RAWAの学校」の2つを上映しました。そして30分ほどのスピーチをして質疑に。スピーチでは、RAWAの学校は、個人がどんな権利をもっているかを理解し、どうやって闘えばいいかを総合的に学ぶことができることが特徴であると聞きました。まさに「社会をつくる、変える力を学ぶ」にふさわしい話です。RAWAは相変わらず非公然な活動をしているのかと聞いたところ、アフガン政府は女性たちの政治的、反政府活動を認めていないそうで、RAWAの状況は変わっていません。
 最後に番外です。ソハイラさん、満員電車を経験しました。座る場所はおろか、2本の足をきちんとおける余地のない東京の深夜の私鉄に驚き、立ったまま寝ている人を見てあきれていました。(しみず)

 ソハイラさんのお気に入りは、まず新宿です。靖国通り沿いの猥雑でちょっとアブナイ新宿や歌舞伎町に目を輝かせました。きれいなんだそうです。原色をふんだんに使っている看板がいいのでしょう。確かにパキスタンの下町ラワルピンディをずっと整然とさせて建物も道も大きくしたような所かもしれません。そしてやっぱりワンコインショップ。ここでも楽しそうにじっくりとお土産選びをしていました。(しみず)

 伊 那 5/28(日)・いなっせ5F(市民バザール内)

 最終日・伊那の様子を報告します。
 参加者は35人くらい、取材は地元紙が4社ほどでした。RAWAの伊那入りは初めてで参加者はRAWAをよく知らないことを想定して、最初簡単にアフガンの近代史、RAWA、RAWAと連帯する会について説明しました。その後ソハイラさんのスピーチ。アフガンの現状やヘワド高校についてCDを使って説明してもらいました。休憩をはさんで質疑応答。RAWAは、希望をもって、子どもたち、人々の人間性を尊重し、宗教に偏らない教育をしている、というお話をしてくれました。
 会場には、1979年のソ連侵攻以前にアフガニスタンに滞在していたご夫婦も見えていて、「彼らがいたときのアフガンは、平和で普通の社会だったが、ソ連侵攻後かわってしまった」という発言あり。憲法などの問題に取り組んでいる方から、軍隊のない平和、日本の憲法、「平和」の意味などについての質問が出ました。ソハイラさんは、「他国では、平和とは戦争のない状態や軍や政府の抑圧がないことを言うかもしれない。しかしアフガンでは、子どもや家族に食べさせることを意味する。食べて、生きられなければ、そういったことを考えることもできない。多国籍軍が駐留していることを、コントロールされていると思う人もいるが、実際治安が保たれている。地方の状況は悲惨で、軍隊でさえ怖がっていかない」と答え、立場の違いや経験や見方の違いという、まさに私がRAWAと連帯する会に関わるきっかけになったことを参加者は体験されたのではないでしょうか。(尾崎)

 名古屋 5/25(木)・なごやボランティアNPOセンター
 名古屋は5月25日(木)になごやボランティアNPOセンターで交流会を行いました。14時に中部国際空港でソハイラさんのお出迎え。ソハイラさんは少し緊張気味の様子でしたが、それ以上に私の方がどきどきしていたのではないかと思います。英語が全くだめな私は、スケジュールなど紙に書いて持って行きました。私が運転する車で(もちろん、今までにない安全運転で)ホテルへ行き、交流会まで少しお休みしてもらいました。18時30分、センターに通訳の浅井さんも到着されてほっと一息。打ち合わせをしてもらっている間に機材や会場の準備をしました。ソハイラさんはセンターにあるインターネットでニュースをチェックされていました。
 交流会の参加人数は少なかったですが、たくさん質問が出て、RAWAの活動を理解してもらうことができました。そして、3人の方が連帯する会に加入してくれました。ソハイラさんは「参加人数はすくなかったけど、3人も加入してくれてよかったです。」と言ってくれました。その後、2次会へ。まだ質問したりない方がいろいろ質問をしていましたが、ひとつひとつに丁寧に答えてもらいました。
 ソハイラさんには名古屋名物の「てばさき」は気に入ってもらえたようでした。次の日はゆっくり起きて、朝食を取り、ホテルから家に電話し、家族とおしゃべりができ、気分転換できたようでした。三重に送るまで、1時間ほど時間があったので、名古屋市美術館に行きました。メキシコ人画家によって描かれたマルクスやレーニン、毛沢東などの絵画だけは、興味がある様子でした。
 名古屋にも連帯する会の会員ができ、よかったと思います。(安元美和)

 三 重 5/26(金)・みえ市民活動ボランティアセンター

 交流会の参加者は27人。決して多くないけれど会場のムードにあって、随分盛大な集い、と言うイメージになりました。
 ソハイラさんは聡明で明確で、文脈の整理されたレポートを鮮やかにスピーチされたあと、スライド講演になりました。参加者からの質問も多岐にわたり、充実した2時間となりました。予定通り21時に閉会したのですが、会場は22時まで利用できるので閉館ぎりぎりまでいろいろな人の輪が出来て話しが弾んでいました。ダイナミックな沖縄の後、の三重のかわいい報告でした。
 若い人も来てくれて、良い集いが持てて、本当にうれしかったですが、それ以上にほっとしたのは、自己流アフガン料理をソハイラさんが、「デリシャース!」と言って、山盛りの「お代わり」までしてくださったこと。アフガン料理店を出そうかな、と思わず思ってしまったほどうれしかったです。(宮西)

 大 阪 5/17(水)・エル大阪、大阪女学院大学

 スピーキング・ツアーin大阪1日目。
 今日のメインは、大阪女学院大学での昼休み交流会。 来日の翌日ということもあり、無理をせず、昼休みのお弁当交流会になりました。時間になると次から次へと学生たちが集まってきて、受け入れをしてくださった奥本先生も驚く42名もの参加がありました。通訳をはさまない英語だけの交流という気安さもあったのか、お疲れ気味のソハイラさんも30分間の報告を続けてお話され、学生たちと大いに盛り上がりました。(乾)

 今日は大阪女学院で2コマ話をし、夜はRAWA連の交流会でした。合計で100人以上の方に話をしたことになります。大学での話はアフガニスタンの歴史的なことを中心にしましたが、夜の交流会では、アフガニスタンの現状紹介に焦点を置き、質問も多く話も深まりいい交流会になりました。
 観光には興味なしのソハイラさんですが、今日母親に電話したら「もったいないから見てきなさい」といわれたため、明日は一緒に大阪城を見てから東京へ向かう予定です。(尾崎)


 福 岡 5/21(日)・カテドラル大名町カトリック教会
 福岡での主な交流は、21日大名カトリック教会での報告で、参加者は約70名となり盛況でした。特に会場からの質疑応答の時間が50分ほど取れたため相互交流ができました。男女平等教育についてアフガン社会や保護者たちはどんな受け止め方をしているのか? マラライ病院の維持のためにはどのくらいの資金が必要なのか? などいろいろな質問が出され、ソハイラさんは、わからないことはわからないと的確に答えて理解が深まりました。
 昨日22日は、近畿大学のメンバーの宮本さんのクラスでゲストティチャーとして報告しました。学生にとっては同世代のソハイラさんの活動と生の英語にふれることで貴重な体験ができたと思います。
 食事は海鮮はまったくだめです。魚もえび、いか、おいしいのに・・日曜は豚はだめということで、日曜の交流会は、野菜とチキンを少しだけでした。朝食のパンとバナナはOKでした。(松崎)

 沖 縄 5/24(水)・沖縄国際大学

 ソハイラさん那覇到着後、すぐに宜野湾市の沖縄国際大学に車で移動し、午後1時からの講義で話をされました。国際平和学の新垣誠助教授の授業です。ソハイラさんからまずアフガニスタンのこの40年間ほどの歴史、イスラム原理主義者が政府をどう動かしてきたのか、女性への差別と暴力の実態、そして選挙があっても新しい政府に変わってもイスラム原理主義者たちの残虐性はまったく変わっていないことが紹介されました。
 日米政府が、アフガン新政府を支援し加担しているのですから、私たちにはその日本政府がアフガニスタン民衆のためにならない政府を支援することに反対する声を上げてほしいと言っていました。そしてそんな中、RAWAはどうやって活動してきたかを詳しく丁寧に話されました。30分間の話の後、スライド写真を使って説明。RAWAの取り組みやイスラム原理主義者の女性への暴行現場の写真など、ショッキングな内容であるにも関わらず、学生たちはお昼の午後一番の授業なのに真剣に食い入るように映像を見て話を聞いていました。誰も寝ていない!男女参加比は8割程度が女性でした。質問は、「日本に来てどのような活動をするのか」「アフガンの農民はどんな生活か」「私たちに出来ることは何なのか」「世界に平和は来るのか、どうしたらいいのか」「マスコミは本当のことを伝えない。どうしたらアフガンの本当のことを知れるか」などです。
 取材も「沖縄タイムス」と「琉球朝日放送(QAB)」の2社が来て、夕方のQABのニュースで報道されました。
 授業の後はすぐ名護の「辺野古の命を守る会」事務所に向かいました。そして沖縄平和市民連絡会共同代表の平良夏芽さんから辺野古の闘いの報告と今後についてお話を聞けました。その後は、旧の基地建設計画場所やシュワブなどを丘から見ました。(西岡)

 主催者報告に補足します。
 大宜味村の農家でミニ交流会をおこないました。すばらしい自然の中の木のおうちでの集まりです。民泊をお願いしたGさんご夫妻が親しいお友達を呼んで下さり、これがかの「ゆんたく」かと思わせる、楽しい食事会+RAWA紹介集会でした。みなさんそれぞれ市民運動をなさっている方らしく、活発に質問して下さいました。男性の方からの「男性が変わらなければ何も変わらない」が印象に残っています。
 翌日沖縄国際大学で学生さんたちとの交流ができました。5階から普天間基地を眺めたあと、学生たちが作成した、ヘリコプター学内墜落の関連資料や基地関連の事故の原因・場所を過去の新聞を調べて制作した地図(90×150cmほど)を広げて宜野湾市の基地関連の諸問題を説明してくれました。(高田)

▲各地の交流会 ▼メディアに登場したRAWA

 メディアに登場したRAWA

 

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